2011年09月29日

心辺整理

今朝、コンビニの前で、前にお付き合いしてた方にとても良く似た人を見つけた。
何もかもそっくりで、目に入った瞬間動悸がした。
よく見て、違う人だと気付いてから、やけに心が軽くなった気がして。

理由は分からない。
でも、とても苦しんだ日々やフラッシュバックの毎日も、
今日その瞬間に一区切りついた気がした。

ようやく、少し前を向けそうな気がする。
どっぷり暗い未来だけど、遠くで光ってる様な気がする灯台目指して。

期待するのをやめる。
人生は、生きる事は、理不尽と不満と不条理の連続だと知りながら。
傷だらけになりながら、
血へど吐いてグチャグチャになりながら。

決して人道に背く行為はせず、あくまでも道徳的な復讐を。


posted by syozopanda at 02:04| Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

もの、あい。

100sの「モノアイ」という曲の歌詞は、
相手の「過去」を辿っていく詩だと思ってた。
でももしかしたら、現在と未来をも思って馳せる詩なのかも知れないな。

あの人は今日、あの街のあの場所をどんな気持ちで歩いているのだろうかと。
あの人はいつか、この街のこの場所をどんな気持ちで歩いてくれるだろうかと。

どんなに親しい距離の人間だったとしても、頭の中の本当は分からない。
だからイメージして、その距離を縮めようとする。
見よう、知ろう。と。

まだまだ、旅である人生。
何が起こってもおかしくなくて、それなら絶望も希望も想像出来る。
なら、絶望の「望」を信じるように、旅を続けるしか無いじゃん。

posted by syozopanda at 01:11| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

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考えて、考えこんで気分が悪くなる事がしょっちゅうある。
でもその考えは傍から見れば自己中心的なものであろうし、
解決策なんてなんでもない事なのだろうと思う。

何かを「特別だ」と言える事が自分の自信に繋がるような、そんな他力本願で、脆弱な自分の心。
罵声一個で底まで落ちてしまう。傷つきたくない、嫌われたくない、でもなにをするでもない。

自分がどれだけ最低なのかもきっと理解してる。
認めて欲しい、それだけの為にどれくらい弱さを出したろう。
聞いて欲しい、ただそれだけの為にどれくらい誰かを頼ったろう。

上手く生きる方法は、いろんなところにヒントがあります。
努力せねばならぬものも、明日からにだって変えられることも。たくさんそこらに転がっているはずで。

求めているのは、圧倒的な支持なのだと思う。
盲目的ではなく、理解と慈愛のある支持なのだと。
それを人は愛と呼ぶのかも知れないけど、そう言ってしまうとひどく情けない。

スカイジャンボリーで、Dragon Ashが「Viva la Revolution」を歌ってくれました。
この曲の歌詞は、約十年前に聴いた時から輝きを失わず、キラキラと光っています。

「そう一人暗い部屋でうずくまったまま 何もせずにそれじゃ臆病なまま
時間が解決するって言ってそのまま 見て見ぬふりしてるならこのまま」

中でも特に好きな部分。もう一つ、
「それじゃ始まらない ねむりの中に救いは無い」
というセンテンスもすごく好きです。もはや自己啓発レベルの力強い言葉。いつだって情けない自分の脳によぎります。

何を考え、何をすべきなのか。
妬んだり、羨ましがってばかりいられないのです。

いつか、誰かに羨まがられ嫉妬されるほどの人生を歩めますように。

ごめんなさいとありがとうを。


♪「暁」:Classic Style Ambience

posted by syozopanda at 01:23| Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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