2012年10月29日

砂。

時間が解決してくれる問題は多くあって、
いつの間にか解決していた、とずぅっと先になって自覚したり、
そもそも問題なんて覚えていなかったりと
ずいぶん勝手な生き物なんです。

選択肢は無限のようで、そうじゃない。
あの時ああしていれば、というのは考えてはいけない。
あの時は、ああするより他なかったのだから。
それを周りや何かのせいにして良いように、都合の良いように考えたって、どうする?

絶望してしまう。
生きる気力を無くして、疲れ果ててしまう。
ご飯を食べる意味、お風呂に入る意味
オシャレをする意味、髪を切る意味
どこにそれはあったんだろう
それは、どこに見出せば良いのだろう。

快活に笑えるように。
呑気に泣けるように。
腕白に走れるように。

どうすれば、逞しく生きれるのだろう。

感情は、思考は、
砂のようにサラサラと風に飛ばされてしまうのでしょうか。
posted by syozopanda at 23:35| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

fall

ずいぶんと気分が落ち込んでしまって
自分をとことん追い詰めていくと
そんな自分を慰めてほしい、だとか
知ってほしいだとか、そんな
醜くて気持ちの悪い欲が生まれる。

どうにかして生きてても良い、
今の自分を肯定したい、
一人じゃないよと、
優しい言葉を投げかけてほしい。

いつだって、それは繰り返して。

弱い、果てしなく弱い。
その癖、社会や世界を恨んでみたり。

何もかも自分が悪い。
その事実を黙って背負っていくしか無いのに。
どこかで、偽りでも優しい言葉を待っている。

とことん、とことん、追い詰めていく。
追い詰めていく、という表現さえ甘えかも。
事実を、知る。

強くならなきゃいけない。
ほんの些細な言葉に傷付いて泣いてる暇なんて無い。

やりたい事は何だっけ。
ほんとに求めているものは。


posted by syozopanda at 19:27| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そこにいなくても。

どこにもコミュニティがあって、人は何らかのコミュニティにいる。
ほんとうにそこにあるものでもあるし、実際には無いようなものでもあるし。

和音の定義が二つ以上の音であるように、コミュニティも二人以上から作られる。
カップルであってもそうだろうし、友達、兄弟、先輩後輩…

そこに依存したり頼る事で、居場所の確認や安心を求める。
誰でもいいわけじゃなく、特定の誰かが必要で。

でも自分という個体が時々わからなくなる。
コミュニティに作られた偶像をいつのまにか演じてしまっていたり、コミュニティに浸かる為に作った偶像だったり。
本来の自分との差は、ほんの少しの誤差かも知れないけれど、その誤差は日に日に大きくなっていく。
言いたいのは、それが良いとか悪いとかではなくて、ずれた時計の針を直す作業は必ず必要だよね、ということ。

例えばたまには一人で過ごす時間だったり、寝てばかりの一日だったり。
人それぞれリセットの仕方はあるだろうけど。

良いとか悪いとか、
好きとか嫌いとか、
そんなふうに必ずしも白か黒かで考えられる事ではなく、
何かが壊れてしまう前に、きちんと正確な時を刻めるように、リセットって大事だよ、という話。

だから、コミュニティに顔を出さないからと言って、別段どうということはないんだよ。
自分にとって都合の良い場所、心地よい場所には変わりないんだから。

地に足つけて、きちんと立つためなんだよね。
posted by syozopanda at 01:06| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする