2011年07月26日

必要。

「いてもいなくてもどっちでもいい。」
「死んだらちょっとかわいそうだけど、所詮知らない人だし支障はない。」

これは極端な言い方だけれど、
人が抱える事実なのだと思う。その考え方が良い悪いの問題でもなく。

「世界中の人達みんなが幸せであれたら」
よりも、
「関係も興味も無いので、勝手にしてください」
という方がリアルであり、正直な気持ちになってしまいました。

でもね、それは結局自分さえ良ければの考え方で、
幸せの渦中にいても、失意の底にいても、やはりそう考えてしまうでしょう。
何年か前、僕はあるひとつの結論にたどり着きました。

「僕が大切にしている人達だけの幸せを祈ろう」。

自分勝手な僕には、そう考えるしかありませんでした。
どんなに心を開こうとしても、どんなに相手を許そうとしても、
その気持ちを散弾銃でパラララと撃ちぬく様に酷い事を言う人がいます。
僕は、僕自身や僕が大切にしている人を傷つける人を許せませんでした。
悲しみや苦しみ、劣等感や敗北、挫折、イライラ。
ネガティブの闇に突き落とすそれらを、どうにか出来ないかと考えていました。

最高にかっこ悪い事ですが、僕には人に誇れるものがありません。
どこどこの有名大学に入学した!だとか、しっかり社会人としてやっている!だとか。
例えば親戚の集まりなんかでは、非常に肩身の狭い思いをします。

絵空事を追いかけて、年老いて、結果何も成し得ないのであればそれは
やはりワガママなのであろうし、非生産的な行為なのだと思います。
心のなかで不満を爆発させ、その言葉のあまりの下衆さに心底嫌気がさして、
どんどん自分は最低の人間じゃないかと自問自答の繰り返し。

僕は、音楽と言う名の密室に閉じこもります。
不安や不満はそこでしか捌け口が無く。
皮肉にも演奏は少し上達して。
本当に得たいものはなんだ?とギターと弾きながら考えます。
そのためには何が必要?なにをするべき?

答えはいつも見つかりません。ただ少しの満足感があるだけです。
「今日もギターを弾けた!」と嬉しくなります。

でも、やるべきことはそこからがスタートです。そのスタートを、いつもきれずにいます。
言い訳に逃げて、何も行動にうつせません。
虚しさが毎日部屋の中で響いているのです。

僕はとても弱く、ずるく、バカでマヌケで、寂しがり屋で甘えん坊で
どうしようも無い人間なのだと思います。心底嫌になります。

ああ、ここまで読むと、なんだか自虐に聞こえますね。
「自虐して、かまって欲しいんだろ?」
と思われると心外です。でもそう思われても仕方が無いことも知っています。

非常に悩むこの頃です。
posted by syozopanda at 00:07| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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