2012年01月10日

明日天気になあれ

思考による自傷行為がある。自分の中の矛盾をとことん追い詰めて責めまくる。
気分は酷く落ち込んで、正しい事も悪い事もなんだか分からなくなって
泣いたり、やけに眠くなったり。
そんな日々を重ねて、卑屈になって。

自分なんて生きていたって仕方ないと
生きる意味はなんだろうと
死んだらどうなってしまうのだろうと
出ない答えを無理やり出して
話してもわかんねーだろ?と決めつけて

考えて、ネガティブながらも多少頭が良くなったような錯覚を起こしながら、
唯一そんなところに満足感を見出して。
ああなんて自分は酷い人間になってしまったのだろうと
無邪気なまま大人になれていたならどれだけ幸せだっただろうと
「たら」「れば」の未来を想像して逃避して。

それでも人の優しさに胸が熱くなり、流れる音楽に救われ。
欲しかったものを買って忘れさせたり、観たかったものを見て癒されたり。

いつまでも核心はつけず、ダラダラと心を誤魔化しつつ逃げて忘れて。
向き合うのは今じゃなくていいかと後回しにして。
それでも愛されたいという欲は絶えず、誰かを求めて甘えて。

そんな繰り返しの中、笑える事がある。
ほんの一瞬でも、嘘でも、愛想笑いでも、
口角が上がり、声が出、手を叩き。

笑うというエネルギーはストックがいらない。
涙や悲しみのように、プロセスをあまり必要としない。
面白いから笑う、ただそれだけ。

目まぐるしくぐるぐると渦巻く日常は、実は笑って過ごす為にあるのかも知れない。
笑ったもん勝ちなのである。

幸せとは、「そう思う」ことなのだと思う。
周りの誰もが「不幸だ!」と言っていても、自分が幸せだと思えれば幸せなのだ。
そこにはマイノリティもマジョリティも無い、自分だけが決められることなのだ。

身体の悲鳴や、思考による自傷行為で心身ズタボロでも。
赤血球が血を固めるように、笑いは傷を癒すのだ。
痕を残しても、勲章だと笑ってやればいい。胸を張って誇りに思えばいい。

些細でも、くだらなくても、
あなたのそばにあなただけの笑いが、幸せがありますように。









posted by syozopanda at 00:49| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする