2012年02月10日

向き合うと言うこと。

SNSとは、なるほどこういう使い方をすべきなのかと非常に勉強になった事が第一の感想である。
ことTwitterというSNSでは、一般人であれ著名人であれ日常が流れてしまう場所であると思う。
逆に言えば、例えば「アーティスト」という言葉の持つ偶像を壊しかねないものだとも言える。
それほど親近感を与えてくれるとも言うのだが。
「アーティスト」という前に「人間」であることを考える。
そこかしらで使い古されたような言葉だが、アーティストだってアイドルだって人間である。
排泄もすれば、恋人だっているのだ。我々ファンはそのことをもっと理解しなければならないと強く思う。

【四半世紀少女】というイベントが昨年末頃に行われた。
Twitter内にて知ったそのイベントは、25歳という節目に写真展を開くというものだった。

日頃よくお話の相手をしていただいている方が中心となり、その【四半世紀少女】を動かしていた。
何を隠そう、彼女こそがその【四半世紀少女】なのである。
Twitterを利用しているユーザーなら「【拡散希望】」や「【RT希望】」等といったツイートをよく目にするのでは、と思う。
私自身がフォローさせて頂いている方たちには音楽家やアーティストの方が多いのでこの手のツイートは正直うんざりするほど見ている。
「これはリツイートするほど重要な情報なのだろうか」と首を傾げてしまうようなツイートも多いのだがこれは完全なる愚痴に値するので割愛。

彼女のそれは嫌味の無い、とても真面目なものに思えた。
言葉の質感がとてもリアルで親近感があり、「行ってみたい!」と思うものであった。
企画自体がとても面白かった。その取り組みも。
一歩間違えば自己満足の世界に行ってしまいそうなそれを、他人が興味関心を抱く対象にしたその魅力は言葉には変えられない何かが秘めれらていると思う。

写真展当日。
私は現場に赴けなかったのだが、その写真を使って写真集を造るとのことで、楽しみにしていた。
その本人との直接のやりとりやダイレクトに届く感想の言葉もその楽しみを増してくれるものだったに違いない。

本日、その写真集が手元に届いた。
思っていたよりもずっと素晴らしい出来だった。こだわりが伺える紙の質感や言葉。
例えばどれだけの人数がその写真展へ足を運んだだとか、写真集は何冊販売したのか等、
詳しい数字は分からないが、この写真集は間違いなく一冊の「本」であった。
これだけ高いクオリティのものをご本人から直接買えたことがとても嬉しい。
これこそSNS及びTwitterの楽しさだと感じた。

25歳の彼女の写真から、数多の想像と思案が働く。
自分の四半世紀、近しい人達の四半世紀。
今まさにどこかに生まれたであろう赤ん坊のこれからの四半世紀。
僕らは大人にならなければならない。
物事の分別を知り、良い事も悪い事も知り、目指す大人にならなければならない。
選択の連続である毎日を、胸を張って生きていかねばならない。何があっても。

その思案の原動力になる物。
何より、丁度私自身が今年四半世紀を迎える一人なのだ。

個人差はあるだろうが、学生時代思い描いたあれこれを実際に体験し、いろいろ知った今。
高校卒業から7年。社会の荒波に放り出されて深い傷を負った人もいる。
幸せだと感じることもあれば、最悪だと落ち込んだこともあるだろう。
それでもなんとかここまで漕いで来たオールを少しだけ休めて、もう去ってしまった歳月を振り返っても良いと思うのだ。
100年単位で世界が区切られている以上、この25年という数字はとても強い意味を持つのだから。

特別良い年にしよう等と考えなくて良いと思う。
まずは生きてこれた事にささやかな拍手を。
そして、生かしてくれた人たちに感謝を。

記憶を整理し、また新しい25年を目指しオールを動かそう。未知数の未来へ。
生き絶えても、どん底へ落ちても。運命を恨まずに、強かに生きよう。
そう思って、私は私の四半世紀を迎えよう。

最後に、このイベントの発起人であられるハラダヒロコさんに感謝と賛辞を。
とても魅力的な【四半世紀少女】を企画され、被写体になられ、多忙な毎日だったと察しますが、
私個人といたしましても、とても良い時期に催されたイベントでした。
お疲れ様です。ありがとうございました。
写真集、とても素晴らしい出来です。アーティストの端くれの端くれとして、強く刺激されました。
「四半世紀少女」という曲を本気で造ろうと思います。笑

これからの四半世紀がどうか素晴らしい物になりますよう、陰ながら応援しています。

追伸。
タバコ吸う写真にはギョッとしましたw
posted by syozopanda at 00:07| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする