2014年11月30日

こども。

・子供が嫌い。
特にキャッキャと場もわきまえず騒ぐ子供が嫌いである。
コンビニ前でたむろするDQNやほっそい道をダラダラと横並びで登下校する学生よりも、
そんな子供が嫌いで仕方ない。不快で不快で仕方ないのである。
もし子供アレルギーなんてものがあったら全力で陽性だろうなと思う程。
そんな子供の親も嫌いである。
てめーにはてめーのDNAを継いだてめーのガキをほんの短時間、静かにさせるような威厳も無いのかと思う。
のびのびとした教育方針?
子供の自由を尊重した育て方?
バカかと思う。

という、読者さまの不快指数を上げたところで(笑)。

大人の場へ行くのは「おとなしくする」ものだと思ってた。
知らない人や声をかけてくれる人も、下手に口を開けば後で親に怒られると思っていたから、いつも両親の顔色を伺ってた。
子供の頃、親は絶対的だった。
今思えば親の価値観の押し付けとも言えるのかもしれないけれど、多くの子供はそうして人格を作り上げていくものだと思う。
親のしつけが厳しかった子供は、大人になると子供を嫌う傾向があるという。
その説は正しいと思っていて、自分の子供の頃を考えると「そんなんやってたら殺されるぞ…」と思うのである。
絶対NGな行動、言動を軽くスルーしている親を見ると、イライラしてくる。
絶対的な我が親と比べて、「そんなの優しさじゃない!甘やかしだ!」と思うのだ。

イライラは派生して。
「子供が好き」だと好感度が上がるのはどうしてだろう。
「子供が嫌い」だと「あー…」ってなるのはどうしてだろう。
僕から言えば子供嫌いな人のほうがよっぽど好感度が上がるのに。
とか。

でも知ってる。
そりゃ子供が好きな人が良いだろう。
仮に私と結婚して子供が出来たら、沢山子供を愛してくれそう!と思うのだろう。
ハートフルでピースフルな感じがするんだろう。実際そうだろうしね。

こんな風にブツクサと嫌味ったらしく文句を垂れてる方がよっぽど子供。
ほんとは何をしでかすかわからない子供が恐い器の小さな人間なのに、勝手にひとりでイライラしてる自分がよっぽど。

と、分かっていてもどうしようもないこのKIMOCHI。
結論、子供が嫌いな自分が嫌いなんだろうなぁと思う。
救われない結論だけど。

posted by syozopanda at 16:02| Nikki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする